大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成10年(ワ)22287号 判決

原告

有限会社八幡日の丸(X)

上記代表者代表取締役

日野文平

上記訴訟代理人弁護士

三木昌樹

石田英治

木原右

被告

市原市(Y1)

上記代表者市長

小出善三郎

上記訴訟代理人弁護士

石津廣司

被告

国(Y2)

上記代表者法務大臣

臼井日出男

上記指定代理人

黒澤基弘

鈴木秀幸

斉藤壽一

鶴岡隆

戸田光昭

島崎稔彦

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第三 当裁判所の判断

一  本件排水管の所有者について

1  本件排水管及び本件水路敷を巡る経緯について

前記前提となる事実及び〔証拠略〕によれば、以下の事実が認められる。

被告国は、明治43年10月27日、本件水路敷及び里道に隣接する鉄道用地(合筆により閉鎖される前の市原市五井字柳前2978番3及び2979番2の各土地)を千葉県から売買により取得した。そして、本件水路敷及び里道については、河川法及び道路法の適用のないいわゆる法定外公共用財産として、千葉県知事が国有財産法9条3項、同法施行令6条2項及び建設省所管国有財産取扱規則3条により建設省所管国有財産部局長として財産管理を行っていた。

ところで、旧国鉄は、昭和24年5月31日までは国であり、かつ、昭和25年3月31日までは国有財産法が適用されたので、特別法の適用のない道路、水路等の付替えに伴う財産整理は、国有財産法の定めに基づき所管換(管理換)が行われていたが、不動産登記手続については、双方が国であった関係上省略されていたのが通例であったため、不動産登記簿上の所有者は、旧道水路敷地は被告国、新道水路敷地は旧国鉄という状態にあった。そこで、これら未整理状態の財産整理を進めるに当たり、その事務処理の簡略化、能率化を図るため、被告国は、昭和25年3月31日以前に付け替えられている道路、水路については、旧国鉄がもと国であったことにより、既に所管換があったものとして取り扱うこととした(昭和42年4月1日建設省会発第393号建設大臣官房会計課長から各都道府県知事あて通達「日本国有鉄道の工事に伴い特別法の適用のない道路、水路等の付替えに伴う財産整理について」)。

なお、旧国鉄が昭和25年3月31日以前に付け替えられている道路、水路について所有権保存登記を行うに当たっては、(1) 旧国鉄の支社長、鉄道管理局長又は工事局長が所管換確認調書を作成して都道府県知事に提出する、(2) 建設省所管国有財産部局長である都道府県知事が右確認調書を受理した後に所管換道路、水路確認の立会を行い、右確認調書が適正であると認められる場合には右確認調書にその旨を記入し、記名押印後立会調書を添付の上、右旧国鉄の支社長等に送付する、(3) 右旧国鉄の支社長等は、右確認調書が適正である旨の通知を受けた後、国から旧国鉄に渡す財産については、都道府県知事からの嘱託を受けて地番設定及び旧国鉄への保存登記を行うこととされていた。

ところが、本件水路敷については、旧国鉄が昭和53年2月23日にそれを含む水路部分について地番設定をして所有権保存登記手続を行っているが、それに先立って右(1)及び(2)の手続が採られたことはなかった。

また、本件排水管は、昭和42年から45年の間に、旧国鉄の所有地であった市原市五井字柳前2978番3と2979番2の鉄道用地に挟まれる形で存在していた水路を開渠から暗渠へと変更した際に埋設され、被告市原市及び旧国鉄が雨水排水の流入のために利用していた。

2  本件水路敷及び里道の所有権の所在について

右認定事実によれば、旧国鉄は、未だ付替えがされておらず、水路として機能しており、本来ならば(みなし)所管換の対象外であった本件水路敷を含む水路について、誤って所定の所管換手続を行わずに地番設定した上、自己名義への保存登記を行ったものというべきである。

したがって、旧国鉄は、昭和62年2月23日の本件売買契約締結当時、本件水路敷及び里道の所有権を有していなかったといわざるを得ず、本件水路敷及び里道の所有権は、所管換がされた昭和63年7月15日に、被告国から国鉄清算事業団へ、そして、同時に国鉄清算事業団から原告へと順次移転したものというべきである。

3  本件排水管の所有権の所在について

そこで、以下、右認定事実に基づいて、本件排水管の所有者について検討する。

(一)  まず、前記1で認定したとおり、本件水路敷は、国有財産法9条3項、同法施行令6条2項及び建設省所管国有財産取扱規則3条に基づいて建設省所管国有財産部局長である千葉県知事がその財産管理を委任されている建設省所管の国有財産(いわゆる法定外公共用財産)であるが、その管理事務(機関委任事務)の範囲は、国有財産法に基づく財産管理にとどまり、本件排水管の埋設、管理等の機能管理は含まれないものである。

また、前記1で認定したとおり、もともと本件水路敷は旧国鉄の所有地であった市原市五井字柳前2978番3と2979番2の鉄道用地に挟まれる形で存在していたものであるから、本件水路が開渠から暗渠へと変更されたことによって右鉄道用地が分断されずに一体の土地として利用可能な状態となっているのである。こうしたことからすれば、本件排水管を埋設したのは、被告らではなく旧国鉄であったものと推認されるというべきである。

(二)  ところで、前記前提となる事実及び弁論の全趣旨によれば、本件排水管はその直径が約1.2メートルあり、その撤去のためには相当の時間と費用とを要すること、本件排水管は、本件所管換が行われる以前において、本件水路敷に隣接する水路とともに、被告市原市及び旧国鉄によって雨水排水の流入のために利用されていたこと、そしてそれを撤去すれば本件水路敷に隣接する水路とともに水路としての利用が事実上不可能となることが認められる。これらの事情に照らせば、本件排水管は、本件水路敷から分離させることが物理的に容易とはいえず、また、社会経済的に見ても、撤去されればその効用を失うものというべきである。このことに、旧国鉄が本件排水管を本件水路敷に埋設するに当たって被告国から何らかの権原を付与されていたことを認めるに足りる証拠が存在しないことを併せ考慮すると、本件排水管は土地に附合するものというべきである(民法242条)。

したがって、被告国は、本件排水管が旧国鉄によって埋設された時点で、本件排水管の所有権を取得したものと解するのが相当である。

そうだとすると、本件排水管の所有権は、旧国鉄によって本件水路敷に埋設された時点で被告国が取得し、その後、その所有権は、本件所管換が行われた際、被告国から国鉄清算事業団へ移転すると同時に、国鉄清算事業団から原告へと移転したことになる。

(三)  よって、本件売買契約締結後かつ本件所管換が行われる前においては、本件排水管の所有権が被告国にあったものの、本件水路敷の所有権も被告国にあり、本件排水管の存在が原告の所有権を侵害したということはできないし、本件所管換が行われた後においては、本件排水管の所有権が原告に移転したのであるから、被告国が所有する本件排水管が原告の所有する本件水路敷の利用を妨げたということはできない筋合いである。

また、被告市原市は、本件所管換の前後を通じて本件排水管を所有していたことはないことが明らかであって、昭和63年3月31日までは本件排水管を利用していたことが認められるが、前記のとおり、原告が同日までに本件水路敷の所有権を取得していなかった以上、右利用について被告市原市がどのような権限を有していたかにかかわらず、右利用が不法行為となることはない。

(四)  したがって、原告の主張はいずれも採用できない。

二  信義則違反について

1  前記前提となる事実によれば、本件売買契約締結後、本件排水管が本件土地に埋設されていることを知った原告は、昭和62年8月5日、千葉県土木部用地課管理係に対し、本件排水管の所有権ないし管理権の有無についての確認及びその他本件土地に係る何らかの権利の有無について照会する旨の通知書(〔証拠略〕)を送付し、また、同年9月2日、千葉県土木部用地課及び市原市長に対し、本件排水管の存置について原告は合意しておらず、本件排水管の存在は本件土地の不法占拠に当たるとして、本件排水管の存在によって原告が被っている損害の回復及び本件排水管の撤去についての通知書(〔証拠略〕)を送付し、さらに、昭和63年5月17日、千葉県土木部用地課及び市原市長に対し、本件排水管が本件土地上に存在することによって原告が被った損害の回復についての通知書(〔証拠略〕)を送付したことが認められる。

2  これに対して、前記前提となる事実によれば、被告らの対応は次のとおりであったものと認められる。すなわち、千葉県土木部用地課は、昭和62年8月18日、原告に対し、本件水路敷は、現在も排水路として利用され、公共物としての機能を有しており、所管換の対象とならないもので、建設省所管の国有財産として存置すべき財産であって、旧国鉄が所定の手続を経ずに自己名義に登記したものである旨の回答(〔証拠略〕)を送付し、また、千葉県知事は、同日、国鉄清算事業団及び東日本旅客鉄道株式会社に対し、右回答書と同趣旨の内容と、本件水路敷を原告から買い戻して登記手続を建設省に復元するか、又は水路を付け替えるか、いずれかの手段を講じるよう要請する旨を記載した文書(〔証拠略〕)をそれぞれ送付しているのである。また、市原市長は、同月21日付けでも原告に対し、本件水路敷は被告市原市が行っている土地区画整理事業のための重要な排水路として利用されていること、したがって被告市原市としては国鉄清算事業団及び建設省所管国有財産部局長である千葉県知事に対して右排水路の存置を強く要請しているところであることなどを内容とする回答(〔証拠略〕)を送付している。そして、千葉県知事、市原市長及び国鉄清算事業団関東資産管理部長は、同年12月14日、本件水路の付替えに関する協定を締結し、市原市長が本件水路の付替工事を行い、国鉄清算事業団関東資産管理部長が右工事に要する経費として2300万円を市原市長に支払う旨を合意し(〔証拠略〕)、被告市原市は、右協定に従って本件水路の付替え工事を行い、昭和63年3月31日、右工事が完成するに至ったのである。そして、千葉県知事は、昭和63年7月15日、本件水路敷及び里道を含めた東日本旅客鉄道株式会社五井駅構内の水路敷及び里道に関し、国鉄清算事業団関東支社長から同年6月3日付けで申請のあった所管換道路、水路確認調書について、これが適正である旨確認し、その旨を国鉄清算事業団に対して通知して、右水路敷及び里道の所管換手続を完了した。

3  以上のところによれば、被告らは、原告から本件排水管の所有者について照会を受けた際、本件水路が建設省所管の国有財産であること、旧国鉄が所定の手続を経ずに自己名義に登記したものであることの回答をするとともに、その後も、被告らにおいて、本件排水管を撤去しうる状態にするため、本件水路の付替え工事を行い、所定の所管換の手続を行っていることが認められるのである。こうしたことにかんがみると、本件排水管に関する被告らの原告に対する対応が信義則に違反するものであったということはできない。

なお、原告は、被告市原市は本件排水管の付替え工事が終了したことを原告に連絡しなかった旨主張し、原告代表者の陳述書(〔証拠略〕)にもこれに沿う記載があるが、前記前提となる事実及び証拠(〔証拠略〕)並びに弁論の全趣旨にかんがみれば、たやすく採用できない。

また、原告は、被告市原市が本件排水管を撤去しないで欲しいと回答したため被告市原市が本件排水管を所有していると信じた旨主張し、原告代表者の陳述書(〔証拠略〕)にも、これに沿う記載があるが、前記1のとおり、原告が千葉県土木部用地課管理係に対しても本件排水管の所有権ないし管理権の有無についての確認及びその他本件土地に係る何らかの権利の有無について照会する旨の通知書(〔証拠略〕)を送付していることに照らせば、原告の右主張も採用できないというべきである。

(裁判長裁判官 金井康雄 裁判官 藤田広美 大森直哉)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例